自己紹介

inouechihiro. 井上 智博(Chihiro INOUE),博士(工学)
東京大学大学院工学系研究科
航空宇宙工学専攻
社会連携講座(東大-JAXA)
ロケット・宇宙機モデリングラボラトリー
特任准教授
email: inoue■rocketlab.t.u-tokyo.ac.jp









研究内容

地球と宇宙をつなぐロケット,そして,宇宙空間で活躍する人工衛星は, 極低温・超高圧・高真空といった極限的な環境で運用される機会が少なくありません。
ロケットや人工衛星の性能を一層向上させ,同時に,信頼性を高めるためには,こうした極限環境における物理を基礎的な観点から理解すること, そして,得られた知見を統合して実際的な課題の解決に役立てることが重要であると考えています。

そこで私たちは,
ロケットや人工衛星に関連した流体現象に焦点を当て,
 ①複雑な現象を基礎的な観点から明らかにすること
 ②その現象を,新しい方法でうまく制御すること
 ③現象を見通しよく予測すること
を目的として,実験と数値流体シミュレーションの両面から研究を行っています。

実験の方法
 ■高速度カメラを用いた可視化
 ■ダブルパルスYAGレーザーを用いた液滴影撮影による粒径・速度計測

数値流体シミュレーションの方法
 ■気液二相流オイラー解析 / オイラー-ラグランジュ 連成解析

これまでに,エンジン内で液体推進薬(酸化剤と燃料)を噴射した場合に起きる現象(液体の微粒化)の研究を行ってきました。

『液体微粒化の研究』

また,身の回りの美しい現象を対象に,美の裏側に潜む物理を明らかにすることも試みています。

『線香花火の美の物理』

研究は,宇宙航空研究開発機構(JAXA)や,企業との協力を通じて行っています。








液体微粒化の研究

打ち上げに使われる大型のロケットの多くは,液体の推進薬を燃焼と酸化剤に用いるエンジンを搭載しています。

地上からの打ち上げに使用する第1段エンジンには,重たい自重を持ち上げるために,大きな推力が要求されます。そこで,燃焼室の圧力を高く設定する傾向にあります。
すると,液体推進薬はもはや液体としては存在せず(超臨界状態), 重たいガスとして燃焼室に供給され,燃料と酸化剤が混合して燃焼します。

一方で,高空や宇宙空間で作動する第2段エンジンや,人工衛星のエンジンでは,高効率や再着火性能といったことが要求されます。
1段エンジンよりも低い燃焼圧で運用されることから,推進薬は燃焼室内に液体状態で供給されることが少なくありません(亜臨界状態)。

将来的にも,大推力のエンジンを実現するためには,エンジンの燃焼圧を高く設定すると予想されます。 しかし,エンジンには,これまで以上に多くの機能が要求されるでしょう。
例えば,100%の推力を常時出し続けるのではなく,状況に合わせて推力を自在に制御したり, 予期しない不具合が発生したときでも無事に帰還することが求められると予想されます。
こうした設計点以外の運転時には,燃焼室圧力を低下させることも十分想定できます。したがって,今後とも,超臨界圧および亜臨界圧いずれの環境下の現象も大切であると考えられます。


impinging atomization.
【衝突型噴射器】

←: 二つの液体ジェットが互いに衝突して液膜を形成します。やがて液膜が分裂して液滴になっています。

ロケットや人工衛星のエンジンの推力性能や安定性は,燃焼室における推進薬の微粒化や混合,燃焼の過程に強く影響されます。

これまでに,推進薬噴射装置として,同軸型と並んで衝突型が広く採用されてきました。
特に,10N以上の推力を有する人工衛星用エンジンには,衝突型の噴射器が多用されます。

衝突型のものとしては,推進薬の組合せに応じて,同種衝突あるいは異種衝突,また,噴流の数を二つもしくはそれ以上とした事例があります。
これらの中で頻繁に利用される二液衝突微粒化では,二つの液噴流を衝突させてることで推進薬を微粒化します。

私たちは,主にこうした衝突型の微粒化現象を対象に研究を行っています。

impinging atomization.
【液体の衝突による微粒化促進】

←: 左:二つの液体ジェットが衝突した場合 右:一つの液体ジェットを噴射した場合

同じ速度で液体を噴射しても,互いに衝突させることで,微粒化が促進されることが分かります。

impinging atomization.
【衝突微粒化現象】

←: 20ms間の可視化結果を時系列に重ねた画像(黒)に,瞬時の液膜(白)を合わせたもの

飛散した個々の液滴の軌跡が,一本の黒点線に対応しています。
噴霧の外縁は,より衝突点に近い位置で,液膜の横から分裂した液滴によって形成されることが分かります。

microjet injection.
【マイクロジェット噴射を利用した微粒化促進】

←左:マイクロジェットoff,右:マイクロジェットon (実験結果,液体の噴射条件は同一)

液衝突微粒化において,定格作動時に推進薬を高速で噴射する場合には,液噴流同士の衝突によって形成された液膜が激しくはためきながら分裂し,良好な微粒化を達成することができます。
一方で,始動過渡やパルス作動開始・停止等の部分負荷作動時には推進薬流量が少ないため低速噴射を避けられず,微粒化は悪化してしまいます。

広範な作動条件下で良好な微粒化を達成することは,エンジンの安定作動領域の拡大に繋がり,ひいてはより自在性の高い宇宙輸送システムの構築に資すると考えられることから, 部分負荷作動における微粒化の改善を狙って,新しい微粒化促進技術を構築しています。

これまでの検討から,二液衝突点に微量の高速気流(マイクロジェット)を吹付けることで,噴射速度が低下した低ウェーバー数環境においても微細噴霧を確保できる見通しを得ました。

Eulerian-Lagrangian CFD.
【微粒化のシミュレーション】

←: 2つの衝突型噴射器における微粒化(市販のPC1台を使って1日程度の解析)

微粒化の数値流体シミュレーションも実施しています。

連続した液体噴流が衝突して,液膜を形成し,液滴になる一連の現象を,オイラー計算とラグランジュ計算を連成して解析しています。
実験も行っているので,シミュレーション結果の妥当性を効率よく検証することができます。







page top








線香花火の研究

動画集: Gallery of Sparkling Fireworks (YouTube)
Physics behind the beauty. 夏の風物詩の一つである線香花火は,約400年前(江戸時代)に日本で始まりました。

線香花火には,花火の下端に火を点けて上端を手に持つ『長手』と,上端に点火する『すぼ手』の2種類があります。
このうち『長手』は,約0.1gの黒色火薬(硝石:KNO3,炭素:C,硫黄:Sの混合物)を和紙で包み,縒り合わせて作られます。下端に火を点けると,心地よい音とともに火花が四方へ飛散します。
郷愁を誘うこの美しい現象は,誰もが知るところでしょう。しかし,美の背後に潜む物理的・化学的事象については,未解明な点が多く残されています。 例えば,紙縒りの先端にできた火球からどのように火花が飛び出すのか?,また,いったん飛び出した火花が遠方でどの様に破裂するするのか?, あるいは,なぜパチパチという音がするのか?,はたまた花火の様相が次第に変化するのなぜか?色々な不思議がそこにはあります。

私達は,高速度カメラメーカーPhotronの協力を得て,線香花火の高速度撮影を試みました。
その結果,いくつかのことが明らかになってきました。一例を挙げると,火花は火球表面ではなく,火球の内部から飛び出すことが分かりました。 動画集でも確認できるように, 線香花火の最終段階で,弱々しく放出される火花が火球と繋がっていないのは,このことが原因です。 もし仮に,明るい火球の表面から火花が飛び出すのであれば,火球と火花は繋がっているはずです。 しかし,現実には,火球内部から火花(の種)が飛び出すため,酸素と反応するのに時間を要し,火球から離れた位置で発光し始めるわけです。

実際に撮影した結果の一例を,以下に示します。


Physics behind the beauty. Physics behind the beauty. ←: 紙縒りの下端にある火球を高速度撮影した結果

時刻 t=+0msにおいて膨張した火球の右下部が,t=0.4msで破裂して穿孔が形成される様子を確認できます。 いったん,穿孔が形成されると,穿孔の縁に作用する表面張力によって,t=1.6msにかけて穿孔が拡大します。 この現象は,シャボン玉に孔が開くと,一気に広がってシャボン玉が破裂するのと同じです。 その後,t=2.4msにおいて,火球内部から細い液柱(液糸,ligament)が伸長し,t=2.8msで分裂します。


Physics behind the beauty. ←: 以上の可視化結果を踏まえて,火球からの液滴生成過程を漫画で描きます。
    (注:飛散した”液滴”が火花の種です。火球の断面を示しています。)

まず,溶融した火球の内部に燃焼ガスが発生し(①),次第に燃焼ガスが増加することで火球が膨張します(②)。 内部のガス圧力が次第に上昇すると,やがて火球が破裂し,同時に燃焼ガスが噴出します(③)。 その後,火球表面の穿孔が表面張力によって拡大し,穿孔の縁が火球本体へと取り込まれる結果,火球内部に発生した流れが集中して凸部が形成されます(④)。 この凸部が液糸となって伸長すると(⑤),最終的に,分裂して液滴が放出されます(⑥)。 なお,ガスが噴出した後に液糸が成長することから,ガスの噴出そのものは,液糸の生成に直接は寄与しないと考えられます。


最後に一言:
現在,日本で使われる線香花火のうち,国産のものは実は1%以下しかありません。 ほとんどが中国で作られ,輸入されます。 単純に計算して,100人に1人位しか国産の線香花火を見たことがないわけです。 多少割高ではありますが,国産の線香花火の美しさも自身で感じてみてはいかがでしょうか。 そして,美の裏側の物理を考察してみるのも,新しい楽しみ方の一つかもしれません。 400年にわたる謎を少しでも明らかにしたいものです。









page top

リンク

page top